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今日はいつも何気なく使っている言葉の中から、

仏教用語が語源のものをご紹介(^^)/。

 

 

火の車

仏教語「火車(かしゃ)」を訓読みした語。

火車は火の燃え盛った車で、極卒の鬼が生前に悪行を働いた者を乗せて地獄へ運び、責め苦しめるといわれる。 火の車に乗せられた者は、ひどい苦しみを味わうことから、苦しい経済状態を表すようになった。

 

あいさつ

挨拶の語源は、元来、主として禅僧の間で、師匠が弟子と押し問答でしてその者の修行や悟りの深さを試す意味に用いられ、転じてお互いに言葉を交わすなど様々な使い方をされるようになった。

 

うろうろする

この「うろ」には、「有漏」という字をあてる。

「有漏」というのは、「漏」つまり煩悩が「有る」という意味である。

煩悩というのは、身心にまといついて心を乱すあらゆる迷いや欲望のこと。

 

くしゃみ

「くさめ」の転訛語。梵語にクサンメという音の語があり意味は長寿。

ある時、お釈迦さまがくしゃみをした。すると弟子たちは、すぐに「クサンメ」と唱えて師の無事息災を祈ったという話も伝えらている。

 

縁(えん)

仏教では、原因と結果の仲立ちをする作用を「縁」といい、前世の縁とか、縁なき衆生は度し(救い)がたい、などどいうふうに使った。いわば「因縁」や「縁起」と元を同じくする言葉である。

 

玄関

元来は「玄妙な仏道に入る関門」という意味で、特に禅宗寺院では禅宗入門の第一歩をしるす場所として重んじられた。

 

億劫

「劫」は仏教での時間の単位で、349京2413兆4400億年(諸説あり)。それの一億倍だからとてつもなく長い時間だ。

 

『梵語でkapala(迦波羅)』とのこと。

kapala=頭蓋骨という意味がある。他に皿とか鉢とかいう意味もあるようです。

 

しょっちゅう

始めから終わりまで、いつも、常に、ということを「しょっちゅう」という。むりに漢字を当てれば「初中終」で、この語が訛って日本人の生活用語となったものらしい。

始中終というものは、昔、お釈迦さまが弟子たちに法を説く時、「初めも善く、中ほども善く、終わりも善く」正しくわかりやすい法を説くように諭された言葉に由来するということである。

 

大丈夫

仏教では元来、偉大な人、しっかりした人、頼り甲斐のある人のことをいい、いわゆる「菩薩」と称される人の代名詞でもあった。

菩薩の言行には、何でもすべて信頼がおけたから、これを大丈夫というようになったのである。

 

どっこいしょ

霊山や行場で白衣に身を包んだ人が「六根清浄(ろっこんしょうじょう) 」と唱えながら、岩登りをしたり滝に打たれたりして、いわゆる荒行にいそしんでいるのを見たことはないか。あの「六根清浄」というのは、六根、つまり眼・耳・髭舌・身の五官に意(こころ) を加えた六つの器官がそれぞれ起こすさまざまの欲望を、断ち切って清らかにしたい、という祈願の言葉であった。
やがて登山が一般化されるにつれて、山が荒れないようにと祈りながら「六根清浄、お山は晴天」などと唱えて一定の歩行ペースを保つようになった。

 

旦那

語ダーナの音写で、檀那と書くのが正しい。布施という原意である。

 

内緒

読み方も「ないしょう」と言った。すなわち、仏や菩薩が自分の内心のさとりによって、仏教の真理をつかむことをさすのが、本来の意味である

 

皮肉

中国禅宗の達磨大師の「皮肉骨髄(ひにくこつずい)」が語源で、元仏教語。

 

足を洗う

仏教で裸足で修行に歩いた僧は寺に帰って泥足を洗うことで俗界の煩悩を洗い清めて仏業に入ったことから悪い行いをやめる意味に転じた。

 

愛嬌

本来は「愛敬」と書く仏教語で「アイギョウ」と読む。愛(イツク)しみ敬(ウヤマ)うことを意味した。

仏や菩薩の容貌は温和で慈悲深く、人々が愛敬せずにはおられない相をされていたので、その相を愛敬相と呼んだ。愛敬はその愛敬相からきたもの。

 

出世

俗世間の煩悩を解脱し悟りを得ることを意味する「出世間(しゅっせけん)」が略された言葉。

 

無事

禅宗でよく使われる言葉で、「外に向かって求める心が無くなった悟りの境地」と言う意味。

 

修羅場(しゅらば

インド神話、仏教関係の伝承などで、阿修羅と帝釈天との争いが行われたとされる場所。

 

金輪際(こんりんざい)

「金輪」の底のこと。 仏教では、世界は虚空の中に気体の層である「風輪」があり、その上に水の層である「水輪」、そのまた上に個体の層である「金輪」、その更に上に大地があり成り立っているとされる。

 

開発

「かいほつ」と読みます。「仏性を開き、覚り(さとり)へと導くこと」という意味。

 

有頂天

仏教本来の意味では、天界の最高所のこと。

 

退屈

仏道の修行に疲れて、心が後退して困難に屈する事

 

未曾有(みぞう)

奇跡の意味のサンスクリット語「adbhuta」が漢訳された仏教用語で、仏の功徳の尊さや神秘なことを賛嘆した言葉。日本では「未だ曾て有らず(いまだかってあらず)」と訓読され、本来の意味で使われていた。

 

 

などなど…

まだまだありますが…

わたしはとても興味深くお勉強できました。

シリーズかできるかも…( *´艸`)ニヒッ🎶

 

 

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